連載・消えゆく櫛形山のアヤメ [上] 見えない原因 多様な見解究明急ぐ

 「こんなにひどいとは思わなかった」。5月31日、櫛形山山頂付近。アヤメの生育調査に当たった保全対策調査検討会の一員で南アルプス市みどり自然課の広瀬和弘さんは、ところどころ地肌がむき出しになった群生地を目にし、その場に立ち尽くした。

 かつて3000万本を誇った櫛形山のアヤメ群生は、20年前と比べ株で60%、花は92%減少したといわれる。同検討会は昨夏の調査で「開花はアヤメ平10株、裸山2株」と衝撃的な報告を出して以来、群生の1部を防護ネットで囲ったり、周辺の植物を刈り取るなど生育条件を変えて原因究明に乗り出した。

 2年目の今調査では、防護ネット内でネット外に比べ倍近い株があり、成長率も高いことを確認。「防護ネットは生育に効果がある」と判断した。だがネット外で予想以上の裸地化の進行が見られ、ある調査員は「今季は開花ゼロの可能性も否定できない」と複雑な心境で山を後にした。

 気温の上昇 アヤメ減少は既に約20年前、巨摩高自然科学部の調査報告書で指摘されていた。しかし、登山者から保全を求める声が多く寄せられ始めた近年まで詳細な調査は行われなかった。

 減少原因をめぐってはさまざまな見方がある。群生地では、アヤメの株がシカなどの野生動物による掘り起こしや食害で損傷したり、生育を阻害する可能性があるハンゴウソウなどの植物が周辺にはびこる状況が確認されている。

 一方で、過去との比較から「一帯の気温上昇が影響している可能性がある」(市みどり自然課)との指摘がある。研究者の間では、降雪が減って株が保護されなくなるなど間接的な要因の指摘や、土壌の乾燥が生育に悪影響を与えているとの観測も出ている。

 慎重な姿勢 県森林総合研究所の長池卓男さんは「今はシカの影響で減るスピードが速まっている。仮にシカがいなかったとしても(ほかの要因から)いずれアヤメは確実になくなる」と指摘。根本的な原因が解明されないまま対症療法的な対策を講じることの限界を訴える。

 保全の在り方を探る上で、原因究明のかぎを握るのが検討会の植生調査。現時点では野生動物による被害が主因との見方が濃厚だが、検討会は「一概に特定はできない」と慎重な姿勢を崩さない。アヤメ開花時期の7月上旬に予定している次回調査で、防護ネット内で他の植物の有無による成長の差を見極めるなど、踏み込んだ原因究明を試みる。

 「減少原因には多様な見方があり、解明には時間がかかる」と言う検討会の大久保栄治会長。「群落すべてを防護ネットで囲えば一定の効果があるかもしれないが、簡単には手が出せない。まず原因を探り、幅広く意見を聞きながら、保全が可能かどうか慎重に検討していきたい」。
     
 櫛形山のアヤメが消滅の危機にひんしている。原因を究明し、保全の在り方を探ろうと官民が行動し始めた。国内有数の群落はかつての姿を取り戻せるか。現状を追った。

(2009年6月18日付 山梨日日新聞)

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