生物と対話 未来へ一歩元山小屋管理人 活動半世紀「南アルプス」エコパーク登録

 山梨、長野、静岡3県にまたがる南アルプスが、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の生物圏保存地域(エコパーク)に登録される。南アルプス市芦安山岳館長の塩沢久仙(ひさのり)さん(71)は、南アルプスの自然を見守り続けてきた一人。山小屋管理人などを務めた半世紀の間、希少な植物の盗掘やシカの食害などの課題は次々と浮かび上がった。南アルプスが新たなステージを迎えるに当たり、塩沢さんは「住民が自然とどう共生していくかを考える出発点に」と願う。

 塩沢さんは1965年、夜叉神峠小屋の管理人になり、85年からは南アルプスの玄関口にある広河原山荘の管理人を務めた。現在は南アルプス市芦安山岳館長として、展示や講演会を通じ南アルプスの歴史や高山植物、景観などの魅力を伝えている。

 登山者を迎え入れながら、数々の「危機」に直面した。山野草ブームが起きた1970年代。希少な高山植物が数十株単位で盗掘された現場を目の当たりにした。柵の設置やパトロールといった活動がきっかけとなり、全国初の高山植物保護条例ができた。

 96年には大樺沢の水質調査をし、沢が大腸菌で汚染されていたことを確認。登山者のし尿が原因とみられ、北岳の大樺沢ルートなどへ山岳トイレの整備が進んだ。

 動物がもたらす難題も浮上した。約15年前の春、山荘を開けようと、広河原に足を踏み入れた時、シカを発見。標高2500メートル付近では無数に散乱したシナノキンバイなどの高山植物が目に入り、言葉を失った。持ち去られるのではなく、食い荒らされる被害。後にシカの食害と分かり、地元自治体は今も管理捕獲など効果的な対策を模索している。

 「登山者や地元住民が自然保護に動きだし、登山のマナーはだいぶ改善された。一方、シカの食害は深刻化していて、早急な対策が求められるが、人間がもたらす問題とは違って対話ができない難しさがある」

 南アルプス市(旧櫛形町)に生まれ、近くにはいつも南アルプスの山並みがあった。その魅力を知ったのは中学時代。北岳に登頂し、高山植物などを見て自然の豊かさを実感した。山が直面する課題は変容しているが、山頂からの景色の美しさ、澄んだ空気は今も変わらない。

 「エコパーク登録は、南アルプスが世界的に認知され、価値が認められたということ。人と自然が共生し、多様な動植物が生息する環境をどう維持するか、多くの人が参加して考えていくときだ」。塩沢さんは、エコパーク登録が南アルプスの未来を考えるスタートになると信じる。

 【写真】エコパーク登録について「南アルプスの素晴らしさを知ってもらえる機会になる」と話す南アルプス市芦安山岳館の塩沢久仙館長=南アルプス市内

(2014年6月12日付 山梨日日新聞)

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