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武田八幡神社
山梨県韮崎市神山町。旧県社。祭神は誉田別命、足仲津彦命、息長足姫命、武田武大神。
822(弘仁13)年、嵯峨天皇の勅命で宇佐八幡を勧請して武田八幡宮と称され(「社記」)、「甲斐国志」では清和天皇の御代に石清水八幡宮を勧請したという。武田信義はこの地域に勢力を扶植し、当社を氏神して仰ぎ、以後武田氏の崇敬を受ける。
信玄の時、社殿の再建があり「社記」に「天文年中武田晴信朝臣御本社其外鳥居等ニ至迄御再建」とあり、1543(天文12)年12月付、棟札には「武田八幡宮御宝殿造営功畢」「大檀主 武田大夫源朝臣晴信」とある。1582(天正10)年2月、勝頼夫人は戦勝祈請の願文を奉納する。例祭日は10月14日、神楽の奉奏、みこしの神幸を行う。重要文化財の三間社流れ造りの社殿、県文化財の台輪鳥居の形式の石鳥居(付正面石垣)などがある。
「武田八幡神社 韮崎」が2001(平成13)年、山梨百選に選定されている。
【写真】韮崎市神山町にある武田家ゆかりの神社で社殿が重文