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2003.3.13 所属カテゴリ: 甲斐駒ケ岳 / 長野 / 自然文化 / 信仰 /

一山講(長野)

 長野県伊那市。旧長谷村誌によると、「いっさんこう」と言う。甲斐駒ケ岳(長野では東駒ケ岳と呼ぶ)を信仰対象とする山岳信仰集団。往時、登山口の入野谷は特に盛んだった。「一山」とは他の山にかけないという意味があり、駒ケ岳と御岳(北アルプス)両方にかけるのを「両山講」と呼んだという。

 現在は廃れたが昭和25年ごろまで、溝口に講社の組織があった。講員は年1回、主に秋蚕上がり過ぎに駒ケ岳に登山した。白装束に先に鈴の付いた金剛杖(つえ)という身支度だった。戸台から戸台川をさかのぼり6合目コースをたどった。

 威力不動の碑、不動様などの碑が建っており、山頂の碑と合わせて江戸時代から多くの信仰登山者がいたことを裏付けている。講には中座、前座(めいざ)、傍座(わきざ)の重要人物がいて、その中心の中座には高見徳三郎翁が知られる。