更新日:2009年08月24日
登山者守る「若き山番」
北岳に山岳救助のスペシャリスト
芦安出身・森本さん 脚力生かし現場急行
 国内第2の高峰・南アルプスの北岳に山岳救助のスペシャリストがいる。山頂近くの山小屋「北岳肩の小屋」に勤める森本千尋さん(29)。平均的な登山で6時間かかるとされる広河原〜肩の小屋間を1時間半で登る脚力を生かして、いち早く現場に駆け付け、迅速な処置と的確な判断で足の切断を免れた人もいる。「若き山番」が北岳の山岳観光を支えている。

◆あきらめない◆

 「登山道で倒れている人がいます」。13日午後1時ごろ、登山者からの連絡を受けると、森本さんは山小屋を飛び出した。現場には60代の男性が倒れ、呼吸をしていない。自動体外式除細動器(AED)がある白根御池小屋に無線連絡し、中間地点でAEDを受け取ると、現場に舞い戻った。

 しかし、AEDのパッドを胸に当てても心電図が測れない。男性が所持していた薬を飲ませたが、効果はなかった。霧のため救助のヘリも期待できそうにない。警察からの指示を待つ間、山小屋の従業員と交代で、約4時間にわたって心臓マッサージを続けた。

 結局、午後7時、山小屋に宿泊していた医師が男性の死亡を確認。翌日、ヘリで遺体が収容された。森本さんは言う。「少しでも可能性があるなら、あきらめたくない」

 標高3193メートル。国内で2番目に高い山、北岳。最高峰の富士山は初心者でも比較的登りやすいのに対し、北岳は経験者にとっても難しい山とされる。通報を受ける警察も、高所の山岳事故や遭難は、森本さんら山小屋に詰める山番に頼らざるを得ない。

 旧芦安村出身の森本さんは祖父、父と続く3代目の山番。山梨学院高時代は駅伝、同大進学後は山岳競技にのめり込んだ。1〜3年時に国体に出場、踏査競技で6位入賞したこともある。2年間自衛官を務めた後、4年前から父親が経営する山小屋で働いている。

◆的確な判断◆

 下界とは隔絶された環境だけに、素早い判断と臨機応変さが求められる。山小屋で働き始めて3年目のことだった。八本歯と呼ばれる岩場で転んだ男性がすねを骨折した。連絡を受けたのは現場とは反対側の登山コース。急いで現場へ向かった。

 登るにつれて深くなる霧。無線で受けた指示は「山小屋まで運んで天候の様子を見てヘリを要請する」というものだった。しかし、森本さんには「下れば霧が薄くなる」との確信があった。

 ザックから出したザイルを体にまくと、男性を背負った。「霧が切れるところまで下りればヘリを呼べる。1日たってからでは、足を切断する可能性もあった」。男性はヘリで搬送され、無事救助された。後日、本人や親族から寄せられた感謝の言葉を聞いて思った。「あの判断は間違っていなかった」

 6月〜11月までの登山シーズンは山小屋に詰め、横浜市内に住む妻と顔を合わせるのは、半年間で3回程度だ。

 行方不明の捜索、遺体収容…。悲惨な現場を目にすることが少なくない中、胸に秘めた使命感が森本さんを支えている。「これからも的確な判断と迅速な行動で多くの人を助けたい」。若き山番は今日も登山客を見守っている。

【写真】登山道脇で約4時間、心肺蘇生を行ったことを振り返る森本千尋さん=南アルプス(標高2900メートル付近)

(2009年8月24日付 山梨日日新聞)